昭和34年5月4日
気仙沼市内ノ脇にて創業。当時の三陸新報に5月4日付で広告を掲載。当時は「寿し舗 ゆう壽し」という店名でした。加藤きみが創業し、仙台で料理人をしていた実弟の加藤忠雄を寿司職人として招きました。
創業より60余年、三度の震災を経て場所は変われど、ずっと寿司ひとすじ。
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昭和34年5月4日
気仙沼市内ノ脇にて創業。当時の三陸新報に5月4日付で広告を掲載。当時は「寿し舗 ゆう壽し」という店名でした。加藤きみが創業し、仙台で料理人をしていた実弟の加藤忠雄を寿司職人として招きました。
昭和35年5月23日
5月23日4時11分(日本時間)、チリ近海の地震でおきた津波が三陸沖を襲い被災しました。
昭和39年10月
新築の店舗を構えるのを機に魚市場前に移転しました。
昭和53年6月12日
宮城県沖地震の震度5強の大きな揺れによって、店舗の外壁などに大きく亀裂が入り、修繕の為休業を余儀なくされましたが、震災の2週間後に営業を再開しました。
平成23年3月11日
東日本大震災で被災。最大震度7、マグニチュード9(国内観測史上最大規模)の大きな揺れ、高さ20メートルを超える大きな津波に襲われ、店も町もすべて流されてしまいました。幸い命は助かりましたが、「これからどうしよう…」という気持ちで先のことなど考えられる状況ではありませんでした。
「このまま寿司屋をやめるしかないのか…」という諦めの気持ちもありました。ですが、お店には受け継がれてきた歴史があります。今までも幾度となく震災に直面し、そこから立ち上がってきました。先代が守り続けてくれた「ゆう寿司」という看板をここで途絶えさせてはいけない。そう強く心に決め、家族一丸となって立ち上がりました。
平成26年5月29日
東日本大震災から3年の時を経て、場所を魚市場前から松岩に移し、3代目となる店舗を新築。 名称を「気仙沼ゆう寿司バイパス店」としました。